倶楽部小史
 
Q. いつ創立されたのですか。
A. 創立は大正3年11月6日です。当倶楽部は、明治45年東京中心の日本電気協会(東京)に反発した関西支部が、大正2年分離独立し、日本の中央であるとして、大阪に「中央電気協会」を設立した。同協会が大正3年11月6日「関西電気倶楽部」を創立し、会館の開館式を挙行したことに始まります。(この11月6日が創立記念日)
翌年の大正4年「中央電気倶楽部」に名称変更(初代理事長 土居通夫大阪電灯(株)社長)。


Q. 誰が創立したのですか。
A. 当時の大阪電灯(株)社長 土居通夫氏(大阪商工会議所会頭)を中心に、電灯、電力、電鉄、電機、電線会社等が主体となって創立された社交倶楽部です。


Q. 戦中・戦後は如何でしたか。
A. 物資欠乏により運営は苦しく、会館は、昭和19年海軍に徴用、終戦後は連合国軍に接収され、機能は一時停止した。その後、昭和27年1月全面返還され、倶楽部が復活しました。(当時の倶楽部役員の懸命な返還運動の結果による)
その後、昭和39年創立50周年記念事業として、新館(西館)を増築決定。(昭和40年11月竣工)


Q. 活動内容はどのようなものですか。
A. 電気関係事業の進歩・発展、学術・文化の普及・向上を目的として、午さん会、公開講演会、同好会等の活動を行い、今日に至っております。


Q. 本館(旧館)はいつできたのですか。
A. 本館は、昭和5年竣工で、3代目の建物です。戦禍に会っていません。(初代は焼失・2代目は狭で建替)


Q. 本館の特徴はどのようなものですか。
A. 外観は、イタリア風の茶褐色のスクラッチタイルで覆い、テラコッタ装飾です。(地上5階・地下1階 鉄筋コンクリート)
内部は、1階が大理石、2階はタイル、3階は木で仕上げられ、各階デザインが全く変えられています。
また、撞球室、迎賓室、大食堂、音響効果大の5階大ホールなどがあり、落ち着いた歴史の重みが感じられます。
また、オール電化厨房(平成20年5月)、近代化産業遺産に認定(経済産業省・平成21年2月)


Q. 設計者は誰ですか。
A. 設計者は、当時新進の一郎(かどのそういちろう、1882−1944)で、倶楽部は「家庭の食堂と応接間の延長」という考え方で建てられています。また、施工は大林組です。
なお、5階大ホールは、昭和7年5月5日、松下幸之助氏が幹部社員を集めて松下電器の創業記念式典を挙行し、有名な「水道哲学」を表明された場所です。(平成20年10月1日パナソニック(株)変更)


Q. 新館はいつできたのですか。
A. 昭和39年、創立50周年記念事業として、増築が決定され、40年11月竣工したものです。倶楽部の将来を見越されてつくられたもので、今日の倶楽部経営の大きな礎となっております。(地上5階・地下1階 鉄筋コンクリート)
(平成19年 中央電気倶楽部 月報10月(上)〜11月(下)掲載)
(平成20年10月、21年4月 追加修正)